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東京地方裁判所 平成5年(ワ)5295号 判決

原告

三浦和義

右訴訟代理人弁護士

弘中惇一郎

平成五年ワ第三七八一号事件

被告

株式会社東京放送

右代表者代表取締役

磯崎洋三

右訴訟代理人弁護士

辰野守彦

千川健一

平成五年ワ第五二九五号事件

被告

日本テレビ放送網株式会社

右代表者代表取締役

氏家齋一郎

右訴訟代理人弁護士

阿部隆彦

北沢豪

平成五年ワ第一九三五八号事件

被告

アサヒビール株式会社

右代表者代表取締役

瀬戸雄三

右訴訟代理人弁護士

高橋三郎

平成五年ワ第一九三五九号事件

被告

三菱自動車工業株式会社

右代表者代表取締役

中村裕一

右訴訟代理人弁護士

坂田英明

平成五年ワ第一九七五三号事件

被告

東洋水産株式会社

右代表者代表取締役

森和夫

右訴訟代理人弁護士

小林資明

平成五年ワ第二〇二六六号事件

被告

井関農機株式会社

右代表者代表取締役

堀江行而

右訴訟代理人弁護士

小林資明

平成五年ワ第二〇二六七号事件

被告

ニッカウヰスキー株式会社

右代表者代表取締役

竹鶴威

右訴訟代理人弁護士

高橋三郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一東京放送関係事件について

一原告の請求

被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二事案の概要

1  判断の基礎となる事実

(1) 被告は、昭和五九年六月一四日午後三時ころ、被告の放送するTBSテレビの「3時にあいましょう」と題する番組において、原告に関する覚せい剤疑惑についての放映をした。

(右事実は当事者間に争いがない。)

(2) 原告の主張によれば、右テレビ放映においては、情報提供者が登場し、「私は、三浦さんに、昭和五一年五月ごろから前後六回にわたって覚せい剤を売った。一回目は三〇〇グラムで、売り渡し価格は四五〇万円。何回目かには七〇〇グラムの大量の覚せい剤を頼まれて売った。」との証言をし、これによって、原告が覚せい剤の買受けに関わっていたとの印象を一般視聴者に与えたが、右放映内容はすべて虚偽であるという。原告は、右テレビ放映により名誉を毀損されたとして、これによる精神的苦痛に対する損害賠償を求めている。

被告は、本件テレビ放映の具体的内容が不明であるために、名誉毀損の成否が不明であると主張し、さらに、原告は本件テレビ放映の放映時又はその放映後間もない時期において本件テレビ放映の存在及び内容を知っていたものと推認できるとして、損害賠償請求権の消滅時効を援用している。

2  争点

(1) 消滅時効の成否

(2) 本件テレビ放映の内容及びそれが原告の名誉を毀損するものかどうか。

三争点に対する判断

1  本件は、テレビのいわゆるワイドショーの番組中の放映部分が原告の名誉を毀損するものであるとして、原告が被告に対し、損害の賠償を求めるものである。ところで、報道媒体の一つであるテレビは、動きのある映像と音声により人の視覚と聴覚に同時に訴えるものであるため、一般人に分かりやすく、そのために強い伝播力を有しているが、その反面、映像及び音声が放映と同時に消えていく性質のものであるため、繰り返し参照が可能な新聞報道と比べると、人の記憶から消える速度も速いという性質を有している。したがって、テレビ放映による名誉の毀損があった場合には、その伝播力の強さを考慮しなければならない反面、人の記憶から消える速度も速いものであることから、時間の経過とともに、名誉毀損行為の風化が著しいことにも留意する必要がある。

このようなテレビ放映の特質を考慮して、放送法五条は、放送事業者が放送した番組に関して確認するための番組記録等の保管期間を三週間と定めており、また、弁論の全趣旨によれば、被告の内部的な取扱としても、番組制作の責任者が保管の必要性があると判断したものを除き、番組記録等は、右期間経過後適宜処分されるのが通例であると認められる。

ところが、本件訴訟は、平成五年三月三日に提起されたものであり、これは、実に本件テレビ放映の八年八月後であり、弁論の全趣旨によれば、被告は、現在本件テレビ放映の内容に関する記録を保持しておらず、これを確認することができない状況にあることが認められる。これに対して、原告は、平成五年一月初めに拘置所内で知人からの伝聞により本件テレビ放映の存在を知ったと主張しており(本件訴状)、また、本件テレビ放映当日の新聞に掲載されたテレビ番組欄(〈書証番号略〉)の存在その他の詳細を知ったのは平成五年四月初め以降であると主張している(平成五年六月二八日付け原告準備書面)。したがって、原告は、自己の名誉に関わるテレビ放映がされたということを知人から聞かされただけで、それを裏付けるものが何もないのに本件訴訟を提起したことになる。前記のとおり、テレビ放映による名誉の毀損が時とともに急速に風化していく性質のものであることを考えると、知人からの伝聞のみで、その詳細を確認することなく、八年以上前のテレビ放映によって著しく名誉を毀損されたと感じて本件訴訟を提起したという原告の主張はまことに不可解であり、さらに、その程度の伝聞により、本件訴状に記載されたような覚せい剤売却の回数、売渡し価格、売渡しの量等の本件テレビ放映の内容をあたかも自ら確認したかのように具体的に明示して損害賠償訴訟を提起することがどうしてできるのかも理解困難であり、仮に原告の主張が真実だとすれば、当裁判所には、本件訴訟の提起は奇異にすら感じられるのである。

以上のような事情にある本件においては、被告が主張する消滅時効の抗弁については、特に慎重に検討してみる必要がある。

2  そこで、消滅時効の成否について検討するのに、本件テレビ放映に関する消滅時効の成否を判断する際の争点は、原告がこれをいつ知ったかである。

原告は、前記のとおり、本件テレビ放映の存在を知ったのは平成五年一月初めである旨主張している。

ところで、本件テレビ放映に原告の名誉に関する内容が含まれることについては、原告が〈書証番号略〉を提出して主張しているとおり、日刊新聞紙各紙に掲載されている当日のテレビ番組欄のみからも明らかであり、また、本件テレビ放映の当日に発行され、その放映内容について報じた原告提出の複数の新聞記事(〈書証番号略〉)からも明らかである。一方、原告は本件テレビ放映がされる前である昭和五九年一月二一日に株式会社文芸春秋を相手として、いわゆるロス疑惑に関する「週刊文春」の記事が原告の名誉を毀損するとして、当庁に損害賠償等請求訴訟を提起し、右訴訟は現在なお係属中であることは当裁判所に顕著であり、その後、原告は昭和六一年一〇月から現在までに新聞報道等による名誉毀損を理由として当庁に二〇〇件を上回る訴訟を提起しており、その中で、原告に関する膨大な新聞記事等の情報を収集していることも当裁判所に顕著である。なお、原告において収集した資料が膨大であることは、原告が執筆し、平成元年三月二三日に初版が発行された「情報の銃弾」と題する単行本(〈書証番号略〉)中にも誇示されている(同書一三四ページ)。しかも、右単行本によれば、原告は、昭和五九年一月以降の原告に関するテレビ報道についても、右単行本の原稿執筆完了時である昭和六三年末ころまでに詳細に調査しており、「(昭和五九年)一、二月のテレビ番組欄から目につくままに書き出したものですが、両月だけで一四〇本が放映されています。ほとんどが、モーニングショーやお昼のワイドショーのタイトルです。」とまで記載しているのである(同書四〇ページ)。

のみならず、原告は、月間雑誌「ペントハウス」昭和六〇年六月号に掲載された梨元勝氏との対談において、原告に関するテレビ放映についての知識を披露した上、原告の友人らが原告に関する全局のテレビ放映をビデオテープに録画している旨述べており、また、日本テレビの原告と愛人バンクに関する放映についても言及している(〈書証番号略〉)。なお、原告の知人の中には、本件テレビ放映も含め、原告に関するテレビ放映のビデオテープを一〇〇本以上所有している者がいることは、平成五年一〇月一二日付け原告準備書面からも明らかである。

また、原告は、月刊雑誌「創」昭和六二年一月号に掲載された手記の中で、昭和五九年三月三日付け日刊新聞紙「スポーツニッポン」に掲載された原告に関する記事について意見を述べているので(〈書証番号略〉)、原告は同日付け「スポーツニッポン」紙を読んでいたものと認められるところ、そのテレビ番組欄には、日本テレビ関係事件のテレビ放映の内容紹介が掲載されている(〈書証番号略〉)。

さらに、原告は、月刊雑誌「創」昭和六三年四月号に、「三浦報道」の膨大な資料をほとんど収集していた大竹麗氏から、これを資料として提供してもらったことを自ら述べており(〈書証番号略〉)、前記単行本にも、同氏のほか、篠田博之氏、大庭絵理氏などの資料収集・提供者がいたことを明らかにしている(〈書証番号略〉)。

ところが、原告は、本件訴訟において、昭和五九年六月一四日の本件テレビ放映の存在を平成五年一月に初めて知ったと主張しており、また、日本テレビ関係事件の訴訟において、昭和五九年三月三日の日本テレビ関係事件のテレビ放映の存在を初めて知ったのは平成四年一〇月初めであると主張しているのである。

右認定事実に基づいて考えるに、原告は、本件テレビ放映の前後を通じ、自己の名誉に関する報道に強い関心を持ち、友人を通じてビデオテープを入手するなどして自己に関するテレビ放映の多くを見ており、また、拘置所に身柄を拘束された後も、知人を通じるなどして強力な情報収集能力を発揮しており、しかも、昭和五九年一月及び二月のテレビ放映については、遅くとも昭和六三年末ころまで、一日残らず日を追って丹念にテレビ番組欄の調査を遂げているにもかかわらず、その後のテレビ番組欄を日を追って見ていけば容易に分かる本件テレビ放映及び日本テレビ関係事件のテレビ放映(特に後者は昭和五九年三月三日の放映であり、しかも、原告は昭和六一年末までにこの日の新聞を閲読している。)について、平成四年ないし平成五年まで全く知らなかったと主張しているのであり、このような原告の主張は到底採用することができない。

右認定事実及び前記1認定の事実を総合して、本件テレビ放映等に関する原告の認識について判断すれば、要するに、原告は、自己に不都合な認識は否定する反面、自己の主張に必要な認識は積極的に公表して自己の主張の正当性を根拠付けようとしているものであるといわざるをえない。当裁判所は、本件テレビ放映及び日本テレビ関係事件のテレビ放映を平成四年ないし平成五年まで知らなかったとする原告の主張は虚言であると考える。

3 右のように本件テレビ放映について平成五年一月まで知らなかったとする原告の主張は採用することができないので、原告が本件テレビ放映の存在をいつ知ったかについては、本件に顕れた客観的状況から推認することとする。

4 本件テレビ放映に係る番組である被告の「3時にあいましょう」と題する番組は、平日の午後三時から約一時間、関東地方を中心としつつ、全国ネットを通じて全国的規模で放映され、多くの国民が視聴しているものである(〈書証番号略〉)。そして、本件テレビ放映のような人の名誉に関する情報が、右のような時間帯に全国的規模で放送された場合には、仮に本人がその番組を視聴していないとしても、親族、友人、知人等がその番組を視聴するなどして、放映後遅くない時期に、本人にその情報を伝達することが少なくないことは、当裁判所に顕著である。そのような情報伝播力を有するからこそ、テレビ放送については、人の名誉に関する慎重な配慮が要請されているのである。

このような情報伝播力の強さからみて、その番組に関する情報伝達を受けえない客観的状況があったなどの特別な事情のない限り、その詳細は別にして、本件テレビ放映の内容の概略は、番組放映後数日内(数日内に情報伝達を受けえない特別な事情がある事案においては相当日数内)に、放映の対象となった原告に伝達されているものと推認するのが相当である。

本件テレビ放映については、当日の新聞のテレビ番組欄に「私は三浦氏に覚せい剤を売った」との内容紹介がされており(〈書証番号略〉)、また、当日発行された複数の全国的規模で配付される日刊新聞紙に本件テレビ放映の内容を紹介する記事が掲載されているのであるから(〈書証番号略〉)、右新聞記事の情報伝播力と相まって、右の推定法則は、一般のテレビ放映にも増して強く働くものといえる。

5  そこで、右特別の事情の存否についてみるのに、〈書証番号略〉によれば、原告は、本件テレビ放映がされた昭和五九年六月一四日を含め、同年四月二〇日から昭和六〇年一月二三日までの間、英国を中心として欧州に滞在しており、日本にはいなかったことが認められる。このような事情がある場合には、番組放映後数日内に本件テレビ放映の内容の概略が本人に伝達されたとする前記の推認は、直ちには及ぼしえないものというべきである。

もっとも、原告に関しては、昭和五九年一月から株式会社文芸春秋が「週刊文春」に原告の妻の亡一美の死亡について、「疑惑の銃弾」と題する記事を掲載して以来、いわゆるロス疑惑として、週刊誌、新聞、テレビ番組等に頻繁に取り上げられ(〈書証番号略〉)、一方、原告は、その報道内容が自己の犯罪容疑に関わるものである上、同年一月二一日に株式会社文芸春秋を相手どって名誉毀損による損害賠償等請求訴訟を提起していることもあって、テレビ報道等に関し、強い関心を持っていたことが推認され、また、原告は、欧州滞在中も、国際電話で日本の信頼していた記者と連絡をとっており、原告に関する報道についての情報を得ていたことが認められるので(〈書証番号略〉)、外国に滞在していたことのみから、原告がその当時のわが国のテレビ報道について情報を得ていなかったと断定することも難しいが、この点は暫く措く。

そこで、次に、放映後相当期間内に本件テレビ放映の内容の概略が原告に伝達されたものと推認する事情があるかどうかについて検討するのに、原告は昭和六〇年一月二三日に帰国してから同年九月に殺人未遂容疑で逮捕されるまでの間、主として千葉市内に居住し(〈書証番号略〉)、情報の収集に格別の制限を受けることのない状況にあったものと認められるところ、原告の置かれた特殊な立場、すなわち、犯罪行為に関与した可能性があることが週刊誌、新聞、テレビ番組の主題として取り上げられ、警察による捜査も開始されるという事情及び自己に関する週刊誌の記事が名誉を毀損するとして損害賠償訴訟を提起していた事情からみて、原告には、その間に、過去に報道されたものを含め、自己に関する各種の新聞、テレビ等の報道に関する情報に強い関心があり、また、これらに接する十分な機会があったものと推認するのが相当である。しかも、本件テレビ放映については、当日の新聞のテレビ番組欄に「私は三浦氏に覚せい剤を売った」との内容紹介がされており、また、当日の複数の日刊新聞紙の記事として、本件テレビ放映の内容の概略が紹介されているのであり、さらに、原告は、昭和六〇年六月までに、友人らが録画した原告に関する過去のテレビ放映の多くを見ていたものと推認されるのであり(〈書証番号略〉)、これらの事情を合わせ考えると、原告は、遅くとも殺人未遂容疑で逮捕された昭和六〇年九月までには、本件テレビ放映の内容を知っていたものと推認するのが相当である。したがって、本訴提起の時点では、原告主張の損害賠償請求権は、時効により消滅していたものと認められる。

よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第二日本テレビ関係事件について

一原告の請求

1  被告日本テレビ放送網株式会社は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告アサヒビール株式会社、同三菱自動車工業株式会社、同東洋水産株式会社、同井関農機株式会社及び同ニッカウヰスキー株式会社は、それぞれ原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二事案の概要

1  判断の基礎となる事実

(1) 被告日本テレビ放送網株式会社(以下「被告日本テレビ」という。)は、昭和五九年三月三日の午後七時三〇分から午後九時ころまでの間、その放送する日本テレビの「土曜トップスペシャル」と題する番組において、「緊急特報!!梨元勝がロス疑惑の真相を暴く!!」との表題で原告の名誉に関わるテレビ放映をした。

被告アサヒビール株式会社、同三菱自動車工業株式会社、同東洋水産株式会社、同井関農機株式会社及び同ニッカウヰスキー株式会社は、いずれも本件テレビ放映に係る番組の提供会社(いわゆるスポンサー)である。(以上の事実は当事者間に争いがない。)

(2) 原告は、本件テレビ放映における各情報提供者の証言並びに司会者及び出演者の発言が、原告について次のとおりの虚偽の印象を与えるものであり、被告日本テレビ及び被告提供会社五社は、共に本件テレビ放映によって原告の名誉を毀損したとして、これによる精神的苦痛に対する損害賠償を求めている。

① 原告は、二人の女性を植物人間に近い状態になるほど虐待し、一人に対しては、家具をオノのようなものでメチャクチャに壊し、原告に殺されそうだからと助けを求めるような状況にさせた。

② 原告は、愛人バンクに入会していた。

③ 原告は、電話で何事かを工作して人を陥れるようなことをする不気味な人間である。

④ 原告は、覚せい剤を使用しており、また、覚せい剤の運び人であった。

⑤ 原告は、暴力団に関わっている。

(3) 被告らは、原告は本件テレビ放映当時本件テレビ放映を見ていた可能性が高く、また、仮にそうでないとしても、原告が本件テレビ放映の直後又は放映後数日内に本件テレビ放映の存在及び内容を知っていたものと推認できるとして、損害賠償請求権の消滅時効を援用し、また、番組放映後約九年を経過し、証拠が散逸し、被告側が十分な防御をすることが不可能となった時点での本件訴訟の提起は権利の濫用であると主張し、さらに、本件テレビ放映の内容は原告が要約するような趣旨のものではなく、また、その内容は真実であり、仮にそうでないとしても、被告日本テレビがこれを真実であると信じたことには相当の理由があると主張している。

また、被告提供会社五社は、自社商品の商業公告(いわゆるコマーシャル)の放映を目的として本件テレビ放映に係る番組の提供会社となったに過ぎず、右番組編成については何らの権限も持たず、また、事実何らの関与もしていないので、本件テレビ放映により被告提供会社五社が被告日本テレビと共に原告の名誉を毀損したとの原告の主張は失当である、と主張している。

2  争点

(1) 消滅時効の成否

(2) 本件訴訟の提起が権利の濫用に当たるかどうか。

(3) 本件テレビ放映の内容がどのようなもので、それが真実であるかどうか。

(4) 本件テレビ放映の内容が真実でないとした場合、被告日本テレビが真実であると信じたことに相当の理由があるかどうか。

三争点に対する判断

1  本件テレビ放映がされたのは、昭和五九年三月三日であるが、本件訴訟が提起されたのは、実にその九年後の平成五年三月二四日である。本件においては、東京放送関係事件とは異なり、テレビ放映の内容を録画したビデオテープが存在し、その放映内容が明らかになっているが、テレビ放映による名誉毀損行為の風化が著しいこと及び本件テレビ放映に係る番組の制作の基礎となった取材資料、台本等の資料は既に散逸し、番組制作に関与した関係者及び出演者の記憶も年月の経過により曖昧となっていることは、東京放送関係事件と同様であり、したがって、消滅時効の成否について慎重な判断を要することも、東京放送関係事件と同様である。

2  そこで、消滅時効の成否について検討するのに、本件テレビ放映に関する消滅時効の成否を判断する際の争点は、原告がこれをいつ知ったかである。

原告は、本件テレビ放映の存在を知ったのは平成四年一〇月初めであると主張しているが、その主張を採用することができないことは、既に第一の三の2において認定判断したとおりである。したがって、原告が本件テレビ放映の存在をいつ知ったかについては、本件に顕れた客観的状況から推認することとする。

3 本件テレビ放映に係る番組である被告日本テレビの「土曜トップスペシャル」と題する番組は、土曜日の午後七時三〇分から午後九時までのいわゆるゴールデンタイムに、全国ネットを通じて全国的規模で放映され、多くの国民が視聴していたものである(弁論の全趣旨)。本件テレビ放映は、原告の犯罪の疑惑に関する特集番組であり、このような内容のテレビ番組が右のような時間帯に全国的規模で放映された場合には、仮に本人がその番組を見ていないとしても、親族、友人、知人等がその番組を見るなどして、番組放映後遅くない時期に、本人にその情報を伝達することが少なくないことは当裁判所に顕著である。

このような情報伝播力の強さからみて、その番組に関する情報伝達を受けえない客観的状況があったなどの特別の事情のない限り、その詳細は別にして、本件テレビ放映の内容の概略は、放映後数日内(数日内に情報伝達を受けえない特別な事情がある事案においては相当日数内)に、放映の対象となった原告に伝達されているものと推認するのが相当である。

4 そこで、右特別の事情の存否についてみるのに、前記第一の三の5認定のとおり、原告に関しては、昭和五九年一月から株式会社文芸春秋が「週刊文春」に原告についての記事を掲載して以来、いわゆるロス疑惑として、週刊誌、新聞、テレビ番組等に頻繁に取り上げられ、一方、原告は、その報道内容が自己の犯罪容疑に関わるものである上、同年一月二一日に株式会社文芸春秋を相手どって名誉毀損による損害賠償等請求訴訟を提起していることもあって、テレビ報道等に関し強い関心を持っていたと推認される。また、〈書証番号略〉によれば、原告は、本件テレビ放映がされた昭和五九年三月前後には、同年四月二〇日に英国に向けて出国するまで、短期間の国内旅行をした以外は、概ね東京都内に居住しており、情報の収集に格別の制限を受けることのない状況にあり、現に自己について多くの情報に接していたこと、しかも、右短期間の国内旅行中にすら、親しい友人から、電話で、原告に係るテレビ報道についての情報を得ていたことが認められる。

一方、本件テレビ放映の内容については、放映当日の新聞のテレビ番組欄に「消えた千鶴子さんの姉が今夜重大発言!!▽渦中の三浦氏に数々の新証言!!▽ロス→ニューヨーク→東京衛生中継ほか」などと概要が予告されており(〈書証番号略〉)、日刊紙を購読している一般人であれば、当日のテレビ番組欄を見れば、本件テレビ放映の内容の概略を容易に知りえたことが認められる。

右認定事実によれば、原告は、遅くとも本件テレビ放映後数日内には、本件テレビ放映の存在及びその内容の概略を知ったものと推認するのが相当である。したがって、本訴提起の時点では、原告主張の損害賠償請求権は、時効により消滅していたものと認められる。

この点につき、原告は、原告の父三浦明の陳述書(〈書証番号略〉)を提出しており、右陳述書によれば、原告の父は原告から、次のようなことを聞いていたとされている。すなわち、原告らの家族は、本件テレビ放映がされた昭和五九年三月三日を含む同年二月末から約二週間、静岡県三島市の貸別荘で過ごしたが、その間は新聞も取っておらず、テレビは子供番組ばかり見ていたこと、昭和五九年一月中旬からロス疑惑報道が盛んになってきたため、子供に対する教育的配慮から、自宅では子供番組以外のテレビ番組は一切見ないようにしていたこと、そのころは新聞も取らなくなっていたため、どのようなテレビ番組があったのかも全く知らなかったこと、また、ロス疑惑報道により友人や親族らとの交際も全くなくなり、友人等から報道についての情報も知らされていなかったことなどを原告から聞いていたというのである。しかし、原告が本件テレビ放映当時、自己に関する報道に強い関心を持っていたこと、その直後の短期間の国内旅行中にすら、原告は友人から自己に関するテレビ放映の情報を得ていたこと等の前記認定事実に加えて、月刊雑誌「創」に掲載された原告の手記の中には、原告がこのころ自己に関するテレビの特集番組やモーニングショーを自宅で見た感想が書かれていること(〈書証番号略〉)、また、原告は、昭和六〇年に行われた梨元勝氏との対談の中で、原告の友人らが原告に関する全テレビ局の放映番組をビデオテープに録画している旨述べていること(〈書証番号略〉)などに照らすと、原告の父は原告から右陳述書記載のように聞かされていたのかもしれないものの、その内容は、到底信用することができない。

よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第三本件訴訟の審理経過について

一原告本人尋問をすることなく口頭弁論を終結した理由

当裁判所は、本件について、原告本人尋問をすることなく口頭弁論を終結したが、その理由について述べておくこととする。

当裁判所は、平成五年一〇月五日の口頭弁論期日において、同年一一月一六日に原告本人尋問をする旨の決定をしたが、同年一〇月一二日、原告から刑事裁判の関係上この期日を変更してほしい旨の申立てがあり、同月一三日、右申立を認め、原告の希望日を考慮して、原告本人尋問をする期日を平成六年一月二五日午前一〇時三〇分に変更する旨の決定をし、平成五年一一月二日、東京拘置所長に対し、右期日に原告を当裁判所に同行するよう依頼した。

ところが、原告は、平成五年一二月一六日になって、当裁判所に対し、刑事裁判の準備の必要があり、また、弁護士の代理人を選任する予定もあるので、平成六年一月二五日の期日を変更してもらいたい旨の申立てをするに及んだ。当裁判所は、右期日が原告の希望も聴いた上で二か月前に決定されたものであること、平成五年一二月七日には、原告も出頭の上、日本テレビ関係事件の口頭弁論期日が開かれ、東京放送関係事件の平成六年一月二五日の期日に合わせて日本テレビ関係事件の次回口頭弁論期日を同日に開く旨告知し、原告も異議なく了承したこと、したがって、一月二五日の期日の関係被告の数は七社に上ること、原告は当庁に提起した二〇〇件以上の民事訴訟事件の大部分を自ら遂行し、既に民事訴訟手続のみならず、尋問技術にも習熟しており、ことさら本件について、しかも、訴訟提起後多数回の口頭弁論を重ねたこの時点で弁護士の代理人を選任する旨申し出るのはいかにも唐突であること等を考慮し、右期日変更申請を即日却下した。その後、原告からは、弁護士の代理人を選任した旨の連絡もなく一か月を経過した。

ところが、平成六年一月一九日になって、同日原告の委任を受けたとする弘中惇一郎弁護士から当裁判所に電話があり、一月二五日には別件が入っており、また、原告本人も刑事裁判の準備があると言っているので、期日を変更してほしい旨の申出があった。当裁判所は、期日の一週間前に、他の事件の期日が入っている弁護士を代理人に選任する方法により申し出てきたこの期日変更の申出を不相当と考え、その申出には応じられない旨回答した。その後、当裁判所は、一月二四日、東京拘置所に対し、翌日原告を同行する手配がされているかどうかを確認したところ、同行の手配済みである旨の回答があった。

そして、一月二五日を迎えたが、当日、午前九時四五分ころ原告代理人の弘中惇一郎弁護士から電話があり、一〇時三〇分の高裁の弁論後に出頭するので、弁論期日の開始を一五分間遅らせてもらいたい旨の申出があった。当裁判所は、一月一九日の話とはやや趣旨が異なるものの、原告代理人が出頭するという以上、この申出を認めるのが相当であろうと考え、被告ら代理人の了解も得て、期日の開始を事実上一五分間遅らせ、同代理人の出頭を得て、同日の口頭弁論期日を開始した。ところが、原告本人は、この期日に何の連絡もないまま出頭しなかった。そこで、当裁判所は、必要な事項につき弁論を終えた後、原告本人尋問の決定を取り消し、弁論を終結することとした。原告代理人は、「自分は原告不出頭の理由を聴いていないし、裁判所もその理由を確認していないのであるから、弁論期日を続行すべきである。また、本日提出した〈書証番号略〉(原告の父の陳述書)の成立を立証する必要もある。」と主張したが、このような経過で出頭せず、事前に何の連絡もしない原告について、その不出頭の理由を裁判所が確認すべきいわれはなく、また、右陳述書の成立の立証は争点の判断に関係しないので、当裁判所は原告代理人の申出を容れなかった。

以上のような経過で、当裁判所は、本件につき、原告が予定された本人尋問の期日に出頭しなかったのは、審理の引き延ばしを目的とするものであると考え、原告本人尋問のために弁論期日を続行するのは正義に反するとの判断から、その採用決定を取り消して口頭弁論を終結したものである。

二原告代理人の口頭弁論再開の申立てを認めないこととした理由

原告代理人は、本件判決言渡し期日の一週間前である平成六年二月七日に口頭弁論再開の申立てをし、その理由として、①口頭弁論終結後に被告日本テレビから送付を受けた〈書証番号略〉に関する同被告作成の証拠説明書の記載内容に反論する必要があること、②日本テレビ関係事件のビデオの証拠調べをする必要があること、③原告本人尋問をする必要があることの三点を掲げている。

しかし、①被告日本テレビ作成の平成六年一月三一日付け証拠説明書のうち、〈書証番号略〉に関する部分は、原告代理人が出頭した平成六年一月二五日の口頭弁論期日において、被告日本テレビ代理人が口頭で説明した内容を書面化した事実上の書面にすぎず、原告代理人がその送付を受けた段階で初めて知った内容ではない。②当裁判所は、原告の希望を容れ、平成五年一二月七日の口頭弁論期日において、平成六年一月二五日の期日の冒頭に、原告提出に係る日本テレビ関係事件のビデオの一部を再生することを認めたが、それは、証拠調べとして認めたものではなく(原告は自ら〈書証番号略〉として本件ビデオの要旨の反訳書を提出しており、証拠調べとしてのビデオの再生が本件訴訟の追行上必要なわけではない。)、原告に被告日本テレビが提出した右ビデオの反訳書の正確性の点検を許すためであり、原告はこの趣旨を了解の上、遅くとも一月二五日の期日の一週間前までに、再生してほしい箇所を特定した書面を当裁判所に提出することを約したものである。ところが、原告はこの約束に違反して、右書面を提出せず、かつ、一月二五日の期日に出頭しなかったので、当裁判所は、右期日の当日、法廷にビデオの再生装置を準備していたものの、ビデオの再生措置をとらなかったものである。なお、原告に代理人が付いた後においては、このような措置も必要がないと考えられる。③平成六年一月二五日に原告本人尋問をしないこととした理由は、前記一において述べたとおりである。

以上のような理由により、当裁判所は、原告代理人の口頭弁論再開の申立てを認めないこととしたものである。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官森髙重久 裁判官伊勢素子)

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